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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)12655号 判決

原告 岡国雄

訴訟代理人弁護士 安田寿朗

被告 今野孝吉

〈ほか一名〉

訴訟代理人弁護士 土谷伸一郎

主文

被告らは、原告に対し、各自、金七七四万円と、これに対する被告今野孝吉については、昭和五七年五月二八日から、同富士建設株式会社については、同年一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、二〇分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判等

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自、金八三〇万円と、これに対する被告今野孝吉については、昭和五七年五月二八日から、同富士建設株式会社については、同年一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告富士建設株式会社(以下「被告会社」という。)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告今野孝吉(以下「被告今野」という。)は、公示送達による適式の呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五四年四月二三日、被告会社の仲介のもとに、被告今野から、同被告の妻今野房代所有の次の店舗(以下「本件店舗」という。)を、期間三年間、賃料一か月一二万円、礼金五〇万円、保証金六〇〇万円、使用目的喫茶店経営の約定で借り受けた(以下「本件賃貸借契約」という。)。

所在 武蔵野市吉祥寺本町一丁目二一四七番地六

家屋番号 吉祥寺本町一丁目二一四七番六の三五

建物の番号 一〇四

種類 店舗

構造 鉄筋コンクリート造り一階建て

床面積 一階部分 三九・九〇m2

2  原告は、前記契約と同時に、被告今野との間で本件店舗内の什器備品、造作などで構成される営業権を二五〇万円で買い受ける契約(以下「営業権譲渡契約」という。)を締結した。

3  原告は、前記各契約に基づき、被告今野に対し、昭和五四年四月二三日、造作譲渡代金名目で二五〇万円、賃貸借契約礼金として五〇万円、同年六月一二日、賃貸借契約保証金として六〇〇万円、合計九〇〇万円を支払った。

4  ところで、前記各契約は、本件店舗に関する所有権が、被告今野に存することが前提とされていた。しかし、事実は、本件店舗の所有者は、被告今野の妻今野房代であり、しかも、同女は、本件賃貸借契約に先立つ同年四月一二日、既に、原告の全く知らない訴外中央商事株式会社(以下「中央商事」という。)に対してこれを売り渡し、同月一三日受付東京法務局武蔵野出張所第七七一八号で所有権移転登記が経由されていた。

5  原告は、この事情を全く知らず、平穏に本件店舗を使用し、同店舗で喫茶店の経営を続けていた。ところが、被告今野とその妻房代は、昭和五四年一二月ごろ、突然行方をくらますに至った。そして、原告は、昭和五五年一月末ごろ、原告の全く知らない中央商事から、原告に対し、本件店舗は同社が前記今野房代から買入れしたものであるから、直ちに営業を中止し、明け渡すよう申出があった。そこで、原告は、昭和五五年二月初め、中央商事の申出に応じ、同店舗での喫茶店営業を中止することを余儀なくされるに至り、更にその後の同年一二月五日、中央商事に対し、店舗内の什器備品を七〇万円で売り渡すと同時に本件店舗を明け渡すに至った。

6  被告らの責任

(一) 被告今野の責任

被告今野は、原告に本件店舗を賃貸するにあたり、本件店舗があたかも自己が所有しているものであるかのごとく装い、既に中央商事に売り渡されていることを原告に秘匿していたところ、原告がこの事実を知っていたならば、本件賃貸借契約と営業権譲渡契約を結び、前記計九〇〇万円の金員を同被告に交付することがなかったことは明らかである。したがって、被告今野は、原告から九〇〇万円を保証金等名下に詐取したものであって、民法七〇九条により、原告に対し、同金員から、原告が中央商事から受領した前記什器備品代金七〇万円を控除した八三〇万円の損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告会社の責任

(1) 被告会社は、住所地で宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)に基づく免許を取得して宅地建物の売買、賃貸借の仲介斡旋等を業とする会社であるところ、昭和五四年四月二〇日、原告の依頼により、原告に対し、本件店舗の仲介斡旋を行った。

(2) ところで、原告に対して本件店舗の仲介斡旋を行う場合、被告会社は、原告がいたずらに損害を被らないよう、善良な管理者の注意で本件店舗について賃貸人が所有権を有するかどうか等の調査を行い、これを原告に報告すべき義務を負っていた。しかし、被告会社は、この義務を怠り、宅建業法三五条に基づく物件説明書に、本件店舗の所有者が被告今野である旨の記載を誤って行ったため、原告は、同店舗が同被告のものであると信じ、本件賃貸借契約等を締結し、前記八三〇万円の損害を被った。したがって、被告会社は、原告に対し、八三〇万円の損害賠償をする責任を負う。

7  よって、原告は、被告らに対し、各自、不法行為に基づく損害賠償として八三〇万円と、これに対する不法行為以降の日(被告会社については、昭和五七年一月一三日、被告今野については、同年五月二八日。いずれも、訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告会社の認否と主張

(認否)

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実中、本件賃貸借契約が、被告今野が本件店舗を所有していることを前提とされていたことは否認し、本件店舗について昭和五四年四月一三日受付で中央商事に対する所有権移転登記されたことは認め、その余は不知。

3 同5の事実のうち、被告今野と妻が行方をくらましたことは認め、その余は不知。

4 同6(二)について

(1)の事実は認める。

(2)のうち、被告会社が負う一般的注意義務は認め、その余は争う。

(主張)

1 中央商事は、本件店舗を譲渡担保として今野房代から提供され、所有権移転登記を経た。すなわち、中央商事と今野房代との契約は、売買の形式をとり、引渡しの時期を契約時(昭和五四年四月一二日)とされているが、同女は、中央商事に引渡しをせず、また、中央商事から引渡しを求められていない。

2 被告会社は、本件賃貸借契約成立の時、原告に対し、調査の上、本件店舗が譲渡担保として中央商事に所有名義が形式的に移転している旨説明した。したがって、被告会社は、不動産仲介業務を行う者としての注意義務を尽している。

3 仮に被告会社に注意義務違反があったとしても、原告は、譲渡担保関係を明らかにすれば、中央商事に本件店舗を明け渡す必要がなく、本件店舗で営業を継続することができたはずであり、損害は、生じなかった。ところが、原告は、譲渡担保関係を争わず、中央商事に対し、無条件で本件店舗を明け渡したものであるから、過失がある。したがって、原告の損害は、過失相殺されるべきである。

三  被告会社に対する原告の反論

1  中央商事と今野房代の契約が譲渡担保であることは否認する。

本件建物には抵当権が設定されており、中央商事がこの抵当権の被担保債務を弁済することを条件に売買契約を締結され、同社が同債務を弁済するまで被告らが占有することを認められていたことも考えられる。

2  原告は、中央商事から本件建物の明渡しを求められたり、占有移転禁止の仮処分を受け、更に同社が所有権移転登記を受けていることを知り、経営の展望を失い、やむを得ず明渡しをした。

3  仮に本件建物が譲渡担保として中央商事に所有権移転されていたとしても、原告は、被告会社からこの点の説明を受けていなかったのであるから、被告会社の責任に変ることはない。

第三証拠関係《省略》

理由

第一被告会社に対する請求について

一  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件店舗は、被告今野の妻今野房代の所有であったが、昭和五四年四月一三日に中央商事に対して所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがなく、この事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  被告今野は、不動産担保金融業の中央商事に対し、本件店舗を担保に融資の申入れをしたが、本件建物に一七八〇万円の抵当権が設定されていたため、融資を断られた。そこで、被告今野は、昭和五四年四月一二日、中央商事に対し、本件店舗とその敷地の持分を前記抵当権付のままで代金を四三〇万円として売却した。なお、被告今野は、妻房代を代理したものと推認することができる。

2  前記売買契約では、本件土地(前記持分)、店舗の引渡しと所有権移転登記手続を契約当日限りすることになっていたが、同登記が昭和五四年四月一三日にされただけで、引渡しは、されなかった。

3  これは、中央商事と被告今野との間で買戻しの合意がされていたためであり、中央商事は、同被告が買戻しができなくなったとき、本件店舗の明渡しを求める予定であった。

以上の事実によると、今野房代と中央商事との間に、本件店舗について、買戻しの特約付の売買が成立したものと認めることができる。

三  《証拠省略》によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  原告は、本件賃貸借契約を締結すると、本件店舗で喫茶店を開店した。

2  しかし、被告今野と妻は、昭和五四年一二月ごろ、行方をくらますに至った(当事者間に争いがない。)。

3  原告は、昭和五五年一月下旬、中央商事から、本件店舗を明け渡すよう申出を受け、次いで同年三月一九日ごろ、本件建物の占有移転禁止の仮処分(東京地方裁判所八王子支部同年二月二二日決定)を受けたため、やむを得ず、本件店舗での喫茶店の営業を中止した。

4  そこで、原告は、被告会社を入れて中央商事と協議をした結果、昭和五五年七月二三日、三者の間に、中央商事は、被告会社に本件店舗の売却を委任し、原告は、中央商事からの買受人が決ったときは、その買受人に対して本件店舗を明け渡す旨の合意が成立した。

5  そして、原告は、昭和五五年一二月五日、中央商事に対し、本件店舗内の什器備品を七〇万円で売り渡すとともに本件店舗を明け渡した。

四  被告会社の責任について

1  請求原因6(1)の事実は、当事者間に争いがない。

ところで、被告会社のような不動産仲介業者が原告のような客に建物賃貸借の仲介斡旋をする場合、不動産仲介業者は、客が損害を被らないよう、善良な管理者の注意で当該建物の所有権の帰属等を調査し、これを客に報告すべき義務を負っているとみるべきであり、被告会社も、この点を認めているところである。そこで、次に被告会社が原告に本件店舗の賃貸借の仲介斡旋をする際、この注意義務を履行したかどうか検討する。

2  《証拠省略》によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一) 被告今野は、昭和五四年一月ごろ、被告会社に対し、本件店舗の賃貸の仲介を依頼した。

(二) そこで、被告会社は、被告今野から本件店舗の登記簿謄本、権利証の提示を受け、また現地に行き、本件店舗の権利関係を確認した。

(三) そして、被告会社は、昭和五四年三月、被告会社に来店した原告に対し、本件店舗を紹介した。その際、被告会社は、原告を現地に案内したり、原告に被告今野が提出した本件店舗の登記簿謄本を見せたりした。原告は、昭和五四年三月二〇日ごろ、本件店舗の賃借について優先的に検討するため、被告会社に申込み証拠金を預け、被告会社と賃貸借の価格等の条件について交渉に入った。

(四) 本件賃貸借契約等は、昭和五四年四月二三日に締結されたが、被告会社は、同月二〇日ごろ、原告に対し、宅建業法三五条に基づく物件説明書を交付した。この物件説明書によると、物件(本件店舗)の権利者として被告今野と記載されていた。なお、被告会社は、この物件説明書を作成する際、再度、本件店舗の権利関係について調査しなかった(登記簿を調査すれば、本件店舗の所有権が今野房代から中央商事に移転していたことがわかったはずである。)。これは、賃貸借の仲介の場合には、被告会社は、物件の登記簿謄本を取り寄せることをしていなかったからである。

以上の事実によると、被告会社は、本件建物の物件説明書を作成する際、本件建物の登記簿を調査しなかったため、本件建物の権利者を真実と異なる被告今野と記入したことが認められる。

ところで、宅建業法三五条によると、宅地建物取引業者は、同人が行う媒介に係る貸借の当事者に対して、その者が借りようとする建物に関し、貸借の契約が成立するまでの間、権利関係等所定の事項について説明し、特に重要な権利関係等については、これらの事項を記載した書面(物件説明書)を交付して説明することを義務付けられている。これは、宅地建物取引業者にこのような義務を課すことにより、宅地の購入者等の利益の保護と宅地等の流通の円滑化を図るためであると解される(宅建業法一条)。

そうすると、不動産の権利関係が一か月の間に変動することがしばしばあり、しかも容易に登記簿で権利関係を調査することができるにもかかわらず、被告会社は、原告に対する物件説明書を作成する際、一か月前に被告今野から受領した本件店舗の登記簿謄本を過信し、本件店舗の権利関係の再調査をせず、そのため、本件店舗の真の所有者が中央商事であることに気付かず、同被告が本件店舗の権利者であることを前提として物件説明書を作成し、これを信頼した原告に本件賃貸借契約等を仲介したものということができる(なお、本件店舗の所有者が今野房代であったのにもかかわらず、物件説明書には、被告今野が権利者として記載されている点でも、真実に反するが、同被告と今野房代は、夫婦関係にあり、同被告が同女の代理人として行動したと解する余地があり、原告の権利保護に欠けなかったから、この違反を重視する必要はない。)。したがって、被告会社の本件仲介行為には、過失(義務違反)があるといえるから、原告に対し、これによって被った損害を賠償する責任を負う。

3  原告の損害

原告は、被告会社の前記仲介行為により、被告今野と本件賃貸借契約等を締結し、同被告に請求原因3のとおり合計九〇〇万円を支払い、本件店舗で喫茶店の経営を開始したが、一年後には喫茶店の経営を中止し、中央商事に本件店舗を明け渡さざるを得なかったことは、前示のとおりである。

そうすると、原告が被告今野に対して支払った前記九〇〇万円は、原則的には原告の損害とみることができる。しかし、本件賃貸借契約の期間は、三年間であるところ、原告は、その一年分は、被告会社の仲介行為によって現実に本件店舗を使用することができたといえるから、その利益等を控除する必要がある。そして、控除すべきものは、次のとおりである。

(一) 賃貸借契約礼金    一六万円

これは、三年の賃貸期間に対するものであるから、原告が利益を受けた一年分については控除すべきものである(一万円未満切捨て)。

(二) 賃貸借契約保証金   四〇万円

《証拠省略》によると、保証金六〇〇万円は、賃貸借期間満了の際、二割(一二〇万円)を償却して残金(八割)を返還することになっていたこと、これは、中途解約の場合も同じであったことが認められる。

そうすると、三年間で二割(一二〇万円)償却する分のうち、一年分(四〇万円)は、控除されるべきである。

(三) 本件店舗の造作の中央商事に対する売却代金          七〇万円

この金額を控除すべきことは、原告も自認するところである。

(四) 合計        一二六万円

したがって、原告の損害は、七七四万円ということができる。

4  過失相殺

原告が中央商事に本件店舗を明け渡したのはやむを得なかったものであることは、前示のとおりであり、原告のこの明渡しについて過失はなかったといわざるを得ない。したがって、被告会社の過失相殺の主張は、採用しない。

第二被告今野に対する請求について

一  《証拠省略》によると、請求原因1ないし5の事実が認められる。

二  以上の事実によると、被告今野は、本件賃貸借契約等締結前に本件店舗を中央商事に譲渡しているのにもかかわらず、これを秘匿して原告と本件賃貸借契約等を締結したものと認められるから、同被告のこの行為は、不法行為となる。したがって、被告今野は、原告に対し、不法行為によって原告が被った損害七七四万円(その内訳は、第一、四、3のとおりである。)を賠償する責任を負う。

第三むすび

原告会社の本件各請求は、被告らに対し、各自、七七四万円と、これに対する被告会社については昭和五七年一月一三日から、被告今野については同年五月二八日から(いずれも、不法行為以降の本件訴状送達日の翌日であり、本件記録上明らかである。)支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却し、民訴法九二条、九三条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 春日通良)

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